Guinea Pig 2nd

http://d.hatena.ne.jp/murishinai/ の続き

ハイパーリンクの限界、あるいは断片化される個人の想いについて

 発端はこれ。アニメなどの感想はどこに書かれるべきなのだろう。

アニメの感想ってどこで書くべきなんだろう

 僕はそんな頑張ってアニメを見ている勢ではなく、気になる作品を1つか2つ見ている程度である。そんな、毎期毎期すべてを一旦見て、それでn話で切るとか切らないとか、そう言うことはしていない。

 たぶん、10年くらい前であったらはてなダイアリーに書いていたのだと思う。そもそもあの頃はただただ日記をブログとして書くのが面白かったし、うかつなことを長文で書けるだけの若さ*1もあった。

 話を戻す。おそらく、アニメの感想を書いて一番反応を得やすいのは Twitter なのでは、と思う*2。つまり、ハッシュタグを添えて思った事を断片的にばらまくのがよい作法であろう。

 もし、それが長文になるのであれば、長文のスクリーンショットを撮ってそれをツイートにくっつけることであろう。そうすることによって検索性は失われてしまうが、アニメの感想としてリーチさせたい場合、ハッシュタグがあれば検索性は担保される……というか、ハッシュタグではない別の要素で検索される、ということがない。

 一昔前の作法であれば、あるいはよっぽど強力な人であれば、アニメの感想はブログなどに書かれ、ツイートにはそこへ向けてのURLが載るだろう。しかし、それができるのは一部のインフルエンサーのみであり、末端の泡沫消費層がそれをやったところで、誰もそのリンクを踏んではくれない*3

 情報を指し示すポインタさえあれば良い感じにつながっていく、というのは割と幻想で、それ以前に、溢れて尽きない情報を前に、我々はまずポインタを追いかけずに見られる範囲の情報から見る。そして、おそらく大多数はポインタの先を見ることはしない。単に情報を得るための効率が悪いからである。

 その結果、アニメに限らず、何かについての情報は、その発信者の手元にはとどまらず、それの被検索可能性が高いところへと分割されていく。言い換えると、検索によって到達される情報は、その内容のみに価値があるのであり、その情報の発信源については重視されない*4

 分割して渡した情報について、すべてのサービスが容易にimport/exportできるのであれば*5まだ問題がないが、実際はそんなことはなく、どこかに渡してしまえば、それはそのサービスの寿命とともに消えてなくなるだろうし、よほど意識しないと、自分が書いてきた情報について自分で管理しきることは困難になるだろう*6

 ハイパーリンクが意味をなさない、ということは、つまり、僕の情報は僕のものではなく、それをまとめる人のものになっている、という話でもあるのだが、それはまた、別のお話。

*1:今は、なんか長文を書いているうちに自分の中で落としどころが見つかってしまい、下書きに流してしまうことばっかりである

*2:2018年の日本において

*3:ということまでTwitterのアナリティクスはご丁寧に教えてくれるわけである

*4:逆に、発信者によって導かれる情報については、その内容よりも誰がそれを言ったのかについて重視されることになる

*5:そして、理想的にはその情報のフォーマットについて統一されているのであれば

*6:あるいは、もうすでに困難になっている